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HARVARD SQUARE REVIEW + hitomedia™





Interview

卒業生の生きる道



ハーバード教育大学院卒 森田正康さん

ドア開け屋
森田正康
“がけから落ちそうになったら助けるから”


森田さんの今のお仕事について教えてください。
株式会社アルク(語学系出版社)の新規事業担当取締役と同社グループの株式会社ヒトメディアの代表取締役を兼任しているよ。あとは、京都情報大学院大学の教授として、交渉学とかビジネスモデルとか、学生たちに会社を立ち上げるために何が必要かを教えているんだ。あとは教育関係のNPOの理事などもやっているかな。大枠のフィールドとしては教育だね。


どんな子ども時代を過ごされたのですか?
小学校は公立に行っていたんだ。できの悪い子どもで、通知表で1がついたことは結構あるね。勉強は好きだったんだけれど、決して優等生じゃなかった。自分では、評価軸が違うだけだと思っているんだけど、とにかく忘れ物や遅刻の多い子どもだったよ。そういうことって通知表のマイナスに貢献するでしょ?両親は、基本的に勉強に対しては何も言わなかったね。小学校5年生のとき、一度だけ両親に怒られたことがあって、丸坊主にされたんだ。算数のドリルを電卓でやっているのがばれてね。自分の中では、3問くらいでやり方がわかったから、ただ単に手軽に終わらせたかっただけなのだけど、「ズルはどんな理由でもダメ」って怒られたのを覚えているよ。



その後はどういう経緯で大学に?
学習塾を営んでいた両親が35歳のときに引退して、子育てに集中したいという理由でカリフォルニアに移住したんだ。だから、現地の中学校、高校に入学。高校は、上位15%がアイビーリーグに入るような80%がユダヤ人の学校に偶然入っちゃって、自分はそこでも落ちこぼれだったよ。下から数えるほうが早い成績だったなあ。ほんと、基本的に低空飛行の人生だった。


森田さんと“教育”の出会いはいつだったのですか?
大学時代、総理大臣になりたかったから、政治経済を専攻したんだけど、その過程で、上から何かを直すという方法論がすごく難しく感じたんだ。それなら下から何かを変えようと思い、教育に興味を持った。自分の考えを次の世代に伝えて、その子たちが世の中を変えていくという方法。ただ、親が学習塾をやっていたからわかるんだけど、そこで気づいたのは、僕が例えば年間4000~5000人教えても、10年で4~5万人でしょ?4万人で世界を変えられるのだろうか?ということだった。そんな時に出会ったのが、インターネットだった。これで自分のアイディアを伝えられれば、自分一人で何百、何千万の人に影響を与えられる。だから、インターネットと教育をやりたいと思った。ハーバード大学の大学院に在学中にそこにたどりついた。



その後、国の政策としてe-learningを導入しているイギリスに興味を持ち、ケンブリッジ大学博士課程前期に進学。再度、インターネットの環境のよいアメリカに戻ってこようと思ってコロンビアの博士課程に入学したんだ。


自分の中では、最初からハーバードやコロンビアを目指していたわけではなく、学びたいという気持ちが最初にあって、そこに学ぶものがあったから研究を重ねた。


どのような経緯で今のお仕事にたどりついたのですか?
ケンブリッジ時代にお金がなくなってきたので、アルバイトをする必要があった。英語しかできなかったから、「英語」とインターネットで検索して、最初に出てきたところが今の会社(アルク株式会社)だった。そこのウェブサイトのウェブマスター(代表窓口)に「生活が苦しいから何でもやらせて」とメールを書いた。そしたら、メールを今の役員の方が見てくれて、自分のe-learningの経験や生き方に興味を持ってくれて、「本を書きませんか?」と言われたんだ。これがきっかけ。その後コロンビア大学時代に、アルクからインターネット関連の会社を立ち上げるから一緒にやりませんかという話があった。出版してもらった本の印税でケンブリッジを無事卒業できてとても感謝していたから、休学して日本に戻り、仕事をすることを決めた。


事業をやりながら研究もしたいと思ったから、今は東京大学の先端技術研究センターで博士課程に在籍している。またひょんなことから大学院で教える仕事の話が来た。自分の研究成果を次の世代に託していくという意味で、やらせてもらうことにしたんだ。



森田さんを見ていると、実務(Practical)と学術(Academic)の世界を自由に行き来している気がします。
ハーバード時代に出会った教授たちの影響が大きい。彼らは、「歌って踊れる」。つまり研究だけで終わりにするのではなく、自分でそれをビジネスにして世に出して評価をもらっている。だから、自分も研究を続けながら、世に出てみて、学んできたことが本当に役立つのか確認したいと思っている。


そういった意味で、ハーバードで感じたことは大きかったんですね。
うん。何かに認められた気がした。僕にとって、「人生最初の世界戦」だったんだ。何かを学んだとか、誰がいたというのとは別に考えても、「世界で一番の教育機関の敷地に足を踏み入れて学ぶ」っていう環境にいたことがプラスだった。その「世界戦」に僕が勝ったのか負けたのかは誰もわからないけれど、「僕は世界戦に出た」っていう気持ちが自信をくれたよね。


将来悩んだ時期などはあったのですか?
ない。はっきり言うと、苦労したことがないと思っている。僕は、自分も含めて人は、好きなものに向かっておのずと歩いていると思う。目の前に「自分がやらなきゃいけないこと」が並んでいて、それをやっつけていくと、きっと自分がやりたかったことたどり着くんじゃないかな。たどり着くためにやっているのだから、苦労だと思ったことはない。辛かったことはあったと思うけど、そんなの一瞬だから、一日たてば忘れちゃうよね。


森田さんの生き方や考え方に一番影響を与えたものは何ですか?
親だな。父親(ギタリストの後に学習塾を経営。35歳で引退しアメリカに移住)の影響が大きい。大金持ちじゃなかったけど、自分たちが最低限生活できるレベルを知っていたんだろうね。そんな彼の自由な生き方を見てきたから、自分も人生ってそんなもんだとおもった。全てにおいてチャンスがあって、やったもの勝ちだ!って。


「やったもの勝ち!」のエピソードはありますか?
例えば、人生振り返ってみても、バークレーもハーバードも受かるかどうかわからないけど、やってみた。ハーバードなんて、教えた経験がない僕が「教育大学院を21歳で受けて受かるわけがない」と言われたよ。(※アメリカの教育大学院は、プロフェッショナルスクールとして、教育に携わった経験のある人がさらにスキルの向上を目指して進学するケースが多い。)でも、教育やりたいって思って受けてみたら受かったでしょ。だから、やったらいけるんだよ。とりあえず、やってみたらいい。人生って取り返しのつかないことはほとんどないと思うから。


森田さんの夢を教えてください。
常に「ドア開け屋」でいること。各分野で輝く人間に出会って、その子のやりたいことを、金銭的にもサポートして、能力的にも伸ばしてあげるようなことがしたい。彼らの最初の一歩を常に作り出すために自分がいると思っている。ひとつの分野を最後まで極めるのは違う人でいい。最初の100mくらいを一緒に歩いて、安全なのがわかったら後は自分でどんどん行けって送り出すんだ。自分が経営しているヒトメディアは、各分野のカリスマに出会い、彼らの能力を伸ばし、メディアに出して育てていくということをしているんだ。人をメディア化していくということで、ヒトメディア。


だからこれからも、たくさんの人たちに出会って話をして、可能性のある子を世に輩出して、彼らが輝ける場を作り出していきたいと思っている。そして、その子たちの輝ける場ができたのであれば、自分は身を引いて、違うところでその子たちが伸びていくのを見ていきたいと思っているよ。



森田さんが人を育てるときの理念に興味があります。
「壁に当たりそうになったら助けないけど、がけから落ちそうになったら助ける」これが僕の教育の理念。生死に関わらなければ、どんな痛い経験もしたほうがいい。僕は、その後にそっとフォローする。相手の抱えている現実をどう受け止めてあげるのかというのが教育だと思う。言葉で伝えるには限界もあるから、そういう場合は、空気や環境とか、言葉では表せない部分をくみ取る。自分が言葉のわからない状態に12歳で放り込まれたから、言語に頼らずに空気や表情で相手を理解することを体で覚えた。この経験と親の影響が、自分の教育理念に大きな影響を与えてくれたと思う。


最後に、来年の森田さんはどうなっていたいですか?
今より楽しければいいかな。過去も楽しいけど、昨日の僕より今日の僕のほうが楽しい。今の自分のほうが素敵だと思う。だから、来年の自分は今の自分より素敵であってほしい。これが目標かな。



<森田さんの軌跡>
1975年 0歳 愛知県に生まれる。
1987年 12歳 カリフォルニア(アメリカ)に移住。中学、高校を現地校で過ごす。
1993年 18歳 カリフォルニア大学バークレー校入学。3年でB.A.を取得。
1996年 21歳 ハーバード大学教育大学院入学。Ed.M.取得。
1997年 22歳 ケンブリッジ大学入学。M.Phil取得。
1999年 24歳 コロンビア大学在学中に日本に帰国。株式会社アルクの子会社株式会社スペースアルクの取締役となる。
2003年 27歳 株式会社アルク取締役となる。
2006年 30歳 同社JASDAQに上場。
2007年 31歳 株式会社ヒトメディア代表取締役就任。


現在 コロンビア大学博士課程休学中。東京大学博士課程在学。京都情報大学院大学教授他、いくつかの団体の役員や顧問を務める。


<大切にしている言葉>
“出すぎた杭は打たれない”
中途半端に出るなら、とことん出なさい。とことん出る気がないなら、打たれるから、やめなさい。


<編集後記>
「どうも、こんにちは。森田です」
森田さんと初めてお会いしたのは六本木のカフェ。ジーパンにニット帽、アクセントに赤の時計。いくつもの組織のリーダーとして活躍し、さらに世界の名だたる大学の名前が経歴に並ぶ森田さんってどんな人なのだろう?そう思っていた私の前に現れたのは、“おしゃれな30代のお兄さん”だった。


「森田さん、森田さん」と、彼の周りはいつも、彼を慕う若者であふれている。どんな失敗をしたとしても、前を向いて歩いている限り、きっと森田さんが助けてくれる。そんな温かさと彼の気さくさが、たくさんの“弟”や“妹”たちを惹きつけているに違いない。


写真 シギー吉田
記事 林 英恵

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コメント

コメント727. 佐藤恒雄|MAIL|2015/12/22 12:52

初めまして。
東大より「ハーバードに行こう」読ませてただきました。
以前からあるのは知っていたのですが、読むのが遅れてすみません。
とても共感しました。
考え方が私と似ている感じがしました。
一度お会いしてみたいです。
コロン、ビアでは、EdDは取らないんですか?

コメント648. 細部 満|MAIL|2011/06/26 22:05

森田様

ハーバード教育大学院修士87年修了です。はじめまして。以前アルクに勤めておりました。上司は原専務でした。
現在文科省公益法人 日本数学検定協会で大学・企業普及チームリーダーを務めております。一度お会いできれば幸いでございます。

コメント639. <a href=MAILURL|2010/08/15 21:20

今、エヂカの鏡を見ています。

ハーバードの北川さんもすごい。

2010.08.15

コメント638. 森田正康URL|2010/08/13 00:59

質問を頂いたみなさん、森田正康です。久しぶりにこのブログを見て質問を頂いていたことに気づきました。対応ができずに申し訳ありませんでした。あまりディープな質問は対応できるかわかりませんが、もしよろしければtwitterで質問をして頂ければ、その場でご助言はできると思います。こちらからフォローして質問を頂ければ幸いです。

https://twitter.com/masayasumorita

コメント637. 大出浩子|MAIL|2010/06/22 01:00

子供3歳と8ヶ月の母親です。
森田正康さんを ここで はじめて知り、とても共鳴しました。
我が家は 主人 韓国人、わたし日本人。視野の広い、将来 人のために 貢献したい人に育てたい、我が子の 一番のサポーターになっていこうと思っています。
韓国に住んでいるので、家で日本語の絵本、しまじろうを 使いながら 2カ国語を話せるように 教えてもいます。楽しくを モットーに^^
最大限可能性を 伸ばしてあげたいのは どの親御さんも思うことでしょう。

子供の教育で プラスになることなど、森田さんの角度から、アドバイス等いただければ幸いと思いました。
どうぞ よろしくお願いいたします。。
 

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